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誰もが食の楽しみを共有できる世界へ—八芳園による「食のバリアフリー化」への試み

2021.09.22

誰もが食の楽しみを共有できる世界へ—八芳園による「食のバリアフリー化」への試み

2021.09.22

江戸時代から続く由緒ある日本庭園を持ち、結婚式場として培ってきたノウハウを生かして、結婚式をはじめとしたイベントや宴会などをサポートするイベント総合プロデュース企業を目指す八芳園。
今回は八芳園の食に関するすべてを統括する総料理長・西野剛氏に、「食のバリアフリー化」について話を聞いた。目まぐるしく変化する時代と食の多様性に、八芳園がどのように向き合っているかを探っていく。

食のバリアフリー
日本国内外のさまざまな文化的背景や体質、食へのこだわりを持つ方々が、どなたでも安心して同じ空間で同じ食を味わえるよう、できる限り共通のメニューを提供する取り組み。また一人ひとりの背景を尊重し、料理の内容だけではなく食材から調理方法まで、お客様に寄り添ったアレンジを取り入れる。

多様な食文化を受け入れる、「食のバリアフリー化」への取り組み

飯塚:本日はよろしくお願いいたします。八芳園ではさまざまな文化的背景を持った人々が安心して料理を楽しめるよう、ヴィーガン*1、アレルギーなどへの対応として「食のバリアフリー化」を推進していますよね。まずは、この取り組みをはじめたきっかけを教えてください。

西野氏:私が7年半ほど前に八芳園に入社した時は、ちょうど東京オリンピックが決まった頃でした。グローバル企業様から宴席のご依頼が増えてきた時期でもあったので、その頃から食のバリアフリー化ということで、ヴィーガンやベジタリアンなどに対応していかなければいけないという話になりました。

飯塚:なるほど。ちょうど西野さんが入社されたタイミングから始まった取り組みなんですね。

西野氏:そうですね。海外のお客様をお招きするとなるとベジタリアンやヴィーガンをはじめとした様々な文化や嗜好の背景を持った方々への対応が不可欠です。
それが本当に対応できているのかという点は、課題の一つでした。衛生も含めて世界基準で物事を考えていかないと、取り残されてしまうという切迫感もありました。

飯塚:取り組みを始める中で大変だったことはありますか。

西野氏:一番はコンタミネーション*2の面ですね。
例えばグルテンフリーへの対応の場合、小麦粉を全く使わず、空気にも触れさせていないという環境を作ることが大変でした。
また、ベジタリアンと言っても肉だけではなく乳製品も食べないなど、いろいろな方がいらっしゃいますし、ヴィーガンだからといって単にサラダやグリルした野菜を提供すればいいという訳ではありません。こういった細かい点も勉強していかないと対応できないと考え、まずは知識向上のため社員の教育強化を目指しました。

飯塚:ひとえにベジタリアン、ヴィーガンといっても、実際には個人差があるんですね。

西野氏:そうですね。特に海外のお客様はカスタマイズできる食事を求める方が多くいらっしゃいます。例えばオムレツでも、卵黄ではなく卵白を使ってほしいというご希望をいただくこともあります。日本の調理場では、そうしたきめ細かい対応ができない点に問題があると思っています。そこは真摯に対応していきたいということで、今は様々なリクエストに応えられる体制を整えております。

飯塚:きめ細かい対応までできるよう取り組んでいらっしゃるんですね。食のバリアフリー化の取り組みを始めてから、シェフの皆さまの意識は変化しましたか。

西野氏:現代では食の多様性が求められているというのは私を含めて、全員がかなり重要であるという認識をしております。一つの宴席に対して、個々人に合わせたメニューの依頼が増えてきているというのも、全員が肌感覚で分かっていますね。
海外のお客様が多い宴席では、あらかじめメニューにベジタリアンとヴィーガンの料理をご用意したり、ビュッフェ形式で専用のコーナーを設けるなどの工夫をしております。

 

全ての人に満足を届ける、八芳園のヴィーガン料理

飯塚:ヴィーガン料理への対応もこれまで多くされてきたと思いますが、ヴィーガンメニューにおける野菜にはどのようなこだわりがありますか。

西野氏:約40近くある契約農家さんから、有機栽培や低農薬の野菜を直接仕入れております。野菜は土の状態や天候の変化によって出来が変わるので、そこは難しいですが面白い面でもあります。
生産者の皆様にとって野菜は作品だと思うので、調理する際にはあまり手を加えずにシンプルに仕上げることで、お客様に野菜の魅力を伝えていきたいですね。

飯塚:野菜そのものの味を楽しめる工夫をされているんですね。実際にヴィーガン料理をリクエストされたお客様の事例について教えてください。

西野氏:2年半ほど前に、ご新郎ご新婦がおふたりともヴィーガンという披露宴がありました。
ヴィーガン料理をゲストの方にも提供するかどうか悩まれていましたが、思い切って列席者全員にヴィーガン料理を提供しました。おふたりとも当初は不安をお持ちでしたが、ご満足いただけるようなメニューを一緒に考案させていただきました。

飯塚:その時のゲストの反応はいかがでしたか?

西野氏:評判はかなりよかったです。ちょうど食材が豊かな秋の披露宴だったこともあり、マツタケやトリュフなどが使えたので、料理のバリエーションを広げられました。また、野菜は焼いたり茹でたりしたものを使って食感を変える工夫をしました。
メインのお肉料理の代用として大きなしいたけに大豆ミートで作ったソースを乗せて、その上にチーズを振ってオーブンで焼いた料理を提供しました。大豆ミートでも通常の肉と遜色ないくらいのボリュームがありましたので、男性ゲストにもご満足いただけたようです。

一人ひとりを思いやるアレルギー対応と細やかなサービス

飯塚:食のバリアフリー化では、7大アレルゲンにも対応されていると伺いました。アレルギーをお持ちのお客様への対応について教えてください。

西野氏:アレルギー対応はひとつでも間違いがあると命の危険に繋がりかねません。そのためアレルギーの方は提供するお皿を変えるなど、細心の注意を払っています。ただ通常メニューとの区別をつけないでほしいというご依頼もございますので、その場合はアレルギーの食材だけ除去したものを提供しております。
多くのゲストがいらっしゃる宴席やイベントでは、関わるスタッフも多くなります。スタッフ間の連携が取れていないと、お客様を危険に晒してしまうので、気を引きしめて密な連携を取っています

飯塚:近年アレルギー認定される食品が増えてきていると耳にしました。これまでも心を配りながら対応されていたと思いますが、より柔軟な対応が求められそうですね。

西野氏:そうですね。私は20年ほど前からホテルなどで働いていますが、その頃はアレルギーのことは気にもしていませんでした。婚礼や宴席の担当者からのアレルギーに対する依頼は、ここ数年で急に増えたような印象があります。元々は7大アレルゲンから始まって、今年からアレルギー認定された食材が28項目に増えました。
アレルギー対応へのご希望が増えているとはいえ、お祝いの席なのでエビやカニを使った料理が欲しいというご要望もございますので、打ち合わせを重ねながらお客様と一緒にメニューを作り上げています

飯塚:アレルギーにも細かく対応しながら、婚礼料理としてふさわしいメニューを考案されているんですね。季節感なども大切にされていると思うので、多方面への気配りが必要ですね。

西野氏:例えば大きなホテルなどでは、結婚式の席で出てくる魚はスズキやタイやサーモンがほとんどです。1年を通して安定して流通しているので、比較的取り入れやすいんですよ。
ただ魚だけでなくどの食材にも旬があるので、八芳園ではその季節の美味しい食材を取り入れながら、婚礼料理のグランドメニューをリニューアルしています。これに加えて7大アレルゲン除去メニューもご用意しております。これらのメニューをベースにさらにアレンジができるように、一人ひとりのお客様との対話を大切にしております。

お客様とともに「あり続けること」、そして食のこれから

飯塚:ここまで「食のバリアフリー化」の取り組みを始めたきっかけや具体的な対応についてお話しいただきました。ぜひ今後の展望についてもお聞かせください。

西野氏:グルテンフリー専用の調理室を作るかどうかを現在検討しています。八芳園内でもグルテンフリーのパンを作ってはいますが、現状では大量の数には対応できないんです。
また、今後コロナ対応が徹底され海外からのお客様にまた日本へとお越しいただけることを願い、今ある課題点を改善しながら多種多様なご要望にお応えできるように備えていくことですね。2025年の大阪万博をめがけて、食のバリアフリー化やサスティナブルな取り組みなどをさらに改善していく方向で今動いています。

飯塚:万博に向けて、さらにいろいろな文化的背景を持った方が日本にいらっしゃるでしょうね。

西野氏:そうですね。食のバリアフリー化などをより強化して、他社ではできないような八芳園独自の取り組みを広く知っていただきたいです。それがゴールではないのですが、会社として取り組みを継続していくのが一番重要だと思っています。
次の代、その次の代につなげて行く形で、やってきたことが間違いではなかったということを証明していくには、まずは2025年の大阪万博が肝になってくると思います。

飯塚:次につなげていくという点では、八芳園の「ともに歩いていく」というコンセプトに通じるものもありますね。

西野氏:そうですね。「あり続けること」を掲げている八芳園では「ともに歩いていくプロジェクト」という取り組みを行っています。これは、八芳園で結婚式を挙げてくださったお客様とともに、ご結婚式からはじまるおふたりの未来を、生涯に渡りともに創り上げていくプロジェクトです。
その中のひとつとして、おふたりの記念日や節目のお祝いの際に、ご結婚式当日のメニューを再現してお召し上がりいただき、当時の想いに立ち返っていただきながら記念日をお過ごしいただくという取り組みも行っております。

飯塚:婚礼メニューを再現してもらえるなんて素敵な取り組みですね。お客様とのエピソードもぜひ教えていただきたいです。

西野氏:今年の6月には、50年前に八芳園で結婚式を挙げたというご夫婦がいらっしゃいました。その時の従業員は誰もおらず、当時ご用意した婚礼メニューもデータで残っていないので、白黒写真だけを頼りにお料理を再現しました。

飯塚:人生の節目の思い出を味覚とともに蘇らせる、素晴らしいサービスですね。時代の流れをとらえながらも、お客様それぞれへの思いやりも欠かさないのですね。

西野氏:そうですね。現在はコロナ禍ではありますが、多くのお客様にお越しいただいております。私たちは「100組いれば100通りのメニュー」を掲げていますので、一組様ずつ丁寧に対応させていただいております。

おわりに

八芳園は、歴史のある式場としての格式を大切にしながら、革新を恐れることなく新しい技術や多様な価値観を取り入れている。

ヴィーガンやアレルギーへの対応には、深い知識と専用の環境が必要である。八芳園ではいち早くそれらの重要性に気づき、時間と予算を割いて柔軟に体制を整えながら、一人ひとりにご満足いただくための細やかなサービスも怠らない。

変化を恐れず、多様性を受け入れながらも、変わらない姿でそこに「あり続ける」こと。
この急激な時代の流れに取り残されないためには、そんな姿勢が必要なのかもしれない。

※こちらの記事人と食をつなぐシェフの仕事とその軌跡ー八芳園取締役総料理長・西野剛氏インタビューでは、取締役総料理長である西野氏の経験や産地への想い、次世代へ引き継ぐ「温故知新」の精神など、シェフとしての西野氏の歩みと思想に迫っています。

八芳園(はっぽうえん)

昭和18年の創業以来、豊かな自然環境づくりと、食生活への奉仕を通して、社会に貢献する総合プロデュース企業。「日本のお客様には心のふるさとを。海外のお客様には日本の文化を。」を理念に掲げ、「OMOTENASHIを世界へ」をミッションとして、MICE、結婚式をはじめとした、宴会・レストランなどの企画運営を展開、都心にありながらも江戸時代から続く約1万坪の由緒ある庭園を維持し、お客様へ至福の時を提供している。

用語解説

*1 ヴィーガン:食生活において、動物性食品を取り入れないポリシーを持つ人のこと。一般的に肉や魚を避けるベジタリアンに対して、ヴィーガンは卵や乳製品なども取り入れないことが多い。食生活だけではなく、日常生活に動物性の製品などを取り入れない人々は「エシカル・ヴィーガン」と呼ばれる。ひとえにヴィーガンやベジタリアンと言っても、個々によってポリシーが異なる。

*2 コンタミネーション:「混入」の意。食品や料理の製造・調理段階において異物が混入されることを指す。

インタビュアー:飯塚純子

大学卒業後は専門式場にて、バンケット・プランニング・新規営業など幅広い業務を担当。 現在はchipperにおいて、EC/D2C事業部マネージャーおよび5Senses Magazineの責任者として、クライアントに寄り添った新規提案から運用までを行う。

ライター:本多はるの